第34章

キッチンで、神崎聖子は茶碗蒸しを蒸し器からそっと下ろした。湯気がふわりと立ちのぼる。

使用人の加藤が慌てて声をかける。

「大奥様、そういうことは私がやりますって!」

聖子は首を横に振った。

「紬が、やっと帰ってきたのよ。……この子の口に入るものくらい、私が作りたいの」

実里が抗がん剤治療で食べられなくなった頃、聖子は何度も思った。治ったら、毎日おいしいものを作ってやろう、と。

けれど――その「いつか」は、二度と来なかった。

だからこそ今、紬は神様がくれた埋め合わせみたいに思える。もう、取りこぼしたくない。

加藤は小さく息を呑み、胸の奥でため息をついた――そのとき。

ぱたぱた...

ログインして続きを読む